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東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)197号 判決

一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願明細書の特許請求の範囲及び審決の理由の要点)は当事者間に争いがなく、また、拒絶理由(2)に関する審決説示の趣旨が、本願明細書の発明の詳細な説明及び図面に記載された発明では、カセツトボツクスの「所定の移動範囲」(カセツトテープを介しての手指での押圧によるカセツトボツクスの移動範囲)内においてのみカセツトテープ排出方向に付勢するスプリング(9)が介在するように構成すること及び右カセツトボツクスの「所定の移動範囲」すなわち「スプリングの付勢範囲」とモータ起動スイツチが作動する「所定の位置」との位置関係を必須の構成要件とするものと認められるのに、本願明細書の特許請求の範囲にはこの点の記載がないという点にありかつ、審決指摘の拒絶理由が右の点に尽きることも当事者間に争いがない。

二 取消事由に対する判断

1 成立に争いのない甲第二号証(昭和六三年五月二〇日付手続補正書)によれば、本願明細書の発明の詳細な説明及び図面に記載された発明(以下、単に「発明の詳細な説明及び図面記載の発明」という。)は、ビデオテープレコーダ(以下「VTR」という。)におけるカセツトテープの装着装置に関するものであつて、従来のこの種装置はVTRの上面からカセツトテープを挿入して装着するトツプローデイング方式であつたため、機器が大型化する等の欠点があつたところ、発明の詳細な説明及び図面記載の発明においては、VTRの前面からカセツトテープを挿入して装着するフロントローデイング方式を採用して機器の小型化に資するとともに、その際、カセツトテープの挿入後直ちにモータ起動スイツチが作動するように構成すると、カセツトテープから手指を離す前にカセツトテープを保持する役割のカセツトボツクスが移動し始めて、カセツトテープのカセツトボツクスに対する相対位置がずれてしまい、カセツトテープを正規の位置に移動させることができないという不都合が生じるため、カセツトテープを介しての手指による押圧力によつて、カセツトテープの排出方向に付勢するスプリングに抗してカセツトボツクスを所定の位置(カセツトテープが手指の影響を受けてずれるおそれがほぼなくなる位置)まで押込んだ時に始めてモータ起動スイツチが作動し、以後モータの回転力によりカセツトボツクスが移動するように構成し、もつて、カセツトテープとカセツトボツクスの相対位置のずれに起因する誤動作を防止しようとしたものであること(なお、前記スプリングの付勢が手指によるカセツトテープないしカセツトボツクスの押込み方向と逆の付勢力を与えることにより、押込み時におけるカセツトテープとカセツトボツクスとの相対位置のずれをなくし押込みをスムーズにする等の目的に出るものであることは容易に推測し得るところである。)、その動作の概要は、実施例(唯一の実施例)に従えば、カセツトボツクスにカセツトテープが挿入、保持された後、カセツトボツクスは、カセツトテープを介して手指により押圧され、スプリングのカセツトテープ排出方向への付勢力に抗してカセツトテープとの相対位置を維持したまま移動し、カセツトボツクスが所定の位置(挿入口(41a)を持つフロントパネル(41)からのカセツトテープの突出距離がほぼなくなる位置)まで押込まれた時、モータ起動スイツチが作動してモータが回転し始め、以後、カセツトボツクス側の伝達板(7)のシヤフト(7a)がモータ側のウオームホイル(6)の溝(6b)の端部で押されることにより、モータの回転力がカセツトボツクスに伝達され、この回転力によりカセツトテープ装着完了位置へ向つてカセツトボツクスが移動していくというものであることが認められる。

2 ところで、原告はまず、審決が、カセツトボツクスの「所定の移動範囲」(カセツトテープを介しての手指での押圧によるカセツトボツクスの移動範囲)内においてのみカセツトテープの排出方向に付勢するスプリング(9)が介在するように構成する点が発明の詳細な説明及び図面記載の発明の必須の構成要件であり、また、右「所定の移動範囲」を「スプリングの付勢範囲」と同視している点の誤りを主張するので、この点について判断する。

前掲甲第二号証によれば、本願明細書には「軸10の右側に、シヤフト7a(第2図、第7図)が鉸められた伝達板7が、軸10と一体に回転するように固定され、かつ、軸10の右端に、ウオームホイール6が、軸10に対し回転自在に取付けられている。このウオームホイール6には、突起6aと溝6b(第1図、第7図)が設けられており、突起6aと、伝達板7の鉸めシヤフト7aとの間に、スプリング9が張設されていて、後述のカセツトボツクス18(第3図)をカセツトテープ42の排出方向に付勢して、溝6bの端部に係止している」(四頁一〇行ないし二〇行)、「カセツトテープ42を押込むと、カセツトボツクス18は後方に押され・・・カセツトボツクス18にリンクB17、リンクA16を通して連結された平歯車(左)11、・・・平歯車(右)12、平歯車(小)8は、第1図、第7図のA方向に回転させられ、伝達板7(第2図、第7図)もA方向に回転させられ、シヤフト7aの回転により、カセツトテープの排出方向に付勢するスプリング9(第1図)は、ウオームホイル6の溝6bの長手方向に向つてさらに伸ばされる。これにより、第3図のカセツトテープ42の突出距離・lとほぼ同じ距離だけカセツトテープ42を押し込んだ所でスイツチC38(第4図)を動作させるようにしてある。」(八頁一九行ないし九頁一三行)、「このスイツチC38は起動スイツチで、・・・モータ1(第1図、第2図)をA方向に回転させる。これにより平歯車(小)8、平歯車(右)12が第1図のA方向に回転し、第2図の平歯車(小)8、平歯車(左)11も軸10の回転を受けて同方向に回転し、第3図のリンクA16、リンクB17を介して、カセツトボツクス18はサイド板13、14のガイド穴14a、14bに沿つて・・・移動する。」(九頁一四行ないし一〇頁三行)との記載があることが認められ、右各記載に本願明細書の図面、殊に第7図を参酌すれば、実施例記載の装置においては、カセツトボツクスにカセツトテープを挿入、保持する前から、カセツトボツクスは、ウオームホイール6の突起6aと伝達板7の鉸めシヤフト7aとの間に張設されたスプリング9により、カセツトテープの排出方向に付勢されており、手指によりカセツトテープを介してカセツトボツクスが押込まれるにつれてその付勢力も増大するが、カセツトテープ挿入口からのカセツトテープの突出距離がほぼなくなるまでの距離カセツトボツクスが押込まれると、モータ起動スイツチが作動してモータがA方向に回転し、それに応じてウオーム5及びウオームホイール6がA方向に回転するためスプリング9も縮むものの、この際、スプリング9は完全な自由状態まで縮むものではなく、スプリング9の張力により伝達板7の鉸めシヤフト7aがウオームホイール6の溝6bの端部に係止された、カセツトボツクスにカセツトテープが挿入、保持される前の状態に戻るだけであることが認められる。

右によれば、カセツトボツクスは、手指による押圧が終り、モータが作動を開始した後も、カセツトテープ挿入前と同様にスプリング9によりカセツトテープ排出方向に付勢されていることは明らかであり、そうである以上、審決が、カセツトボツクスの「所定の移動範囲」(カセツトテープを介しての手指での押圧によるカセツトボツクスの移動範囲)内においてのみカセツトテープの排出方向に付勢するスプリング(9)のバネ作用が介在するように構成する点を発明の詳細な説明及び図面記載の発明の必須の構成要件であるとし、これを前提として本願明細書の特許請求の範囲にその点の記載がないとする点及び右「所定の移動範囲」を「スプリングの付勢範囲」と同視している点が誤りであることは明らかというべきである(なお、被告は、モータが回転を開始した後は、スプリングの介在が解かれ、カセツトボツクスにモータの回転力のみが伝達されるようにすることが必要である如く主張しているが、モータ作動後も、右のようなモータの回転方向と逆の付勢力が働いていることは、それが仮に小さいものであつても、カセツトボツクスの位置保持のうえでむしろ有益であることが容易に推測し得るところであるから、被告の主張は当を得ないというほかない。)。

3 また、審決は、本願発明の特許請求の範囲には、カセツトボツクスの所定の移動範囲(カセツトテープを介しての手指での押圧によるカセツトボツクスの移動範囲)と「スプリングの付勢範囲」を同視し、これを前提に右移動範囲とモータ起動スイツチが作動する「所定の位置」との位置関係が記載されていないと判断する。右判断の前提が誤つていることは既に述べたとおりであるが、更に両者の位置関係について検討する。

前記1、2で認定説示したところによれば、少なくとも発明の詳細な説明及び図面記載の発明においては、その作用効果をもたらすうえで重要な構成が、カセツトボツクスにカセツトテープが挿入、保持された際、カセツトボツクスを移動させるモータの起動スイツチをすぐには作動させず、カセツトテープを介しての手指による押圧力により、カセツトテープの排出方向に付勢するスプリングに抗してカセツトボツクスが所定の位置(手指による影響によりカセツトテープのカセツトボツクスに対する相対位置がずれるおそれがほぼなくなる位置)まで押込まれたときに、始めてモータ起動スイツチが作動し、モータの回転力がカセツトボツクスに伝達されるようにする点にあり、したがつて、これらの点を必須の構成要件とすることは明らかである。

しかして、前記当事者間に争いのない本願明細書の特許請求の範囲によれば、右特許請求の範囲には、<1>「モータの回転力を前記カセツトボツクスに伝達する動力伝達機構」、<2>「前記カセツトボツクスの挿入を検出して前記モータを起動するスイツチ」、<3>「この動力伝達機構は、前記カセツトボツクスを前記カセツトテープの排出方向に付勢するスプリングを有し、」、<4>「前記カセツトボツクスは、前記動力伝達機構に対して、前記カセツトテープの挿入時に前記スプリングの付勢に抗して、移動可能となつており、かつ前記カセツトボツクスが所定の位置まで押込まれた時に前記スイツチが作動する」との記載(右<1>ないし<4>は特許請求の範囲における記載順)があることが認められ、これによれば、右特許請求の範囲にいう「動力伝達機構」 は、モータの回転力をカセツトボツクスに伝達するためのものであること(<1>)、ただし、右モータはカセツトボツクスが所定の位置まで押込まれたときに始めてこれを起動するスイツチの作動により起動するようになつていること(<2>及び<4>)、カセツトボツクスは動力伝達機構(これがモータ起動前のものであることは、その記載順序からも明らかである。)に対して移動可能となつていること(<4>)、右カセツトボツクスの移動は、動力伝達機構に設けられたカセツトボツクスをカセツトテープ排出方向に付勢するスプリングの付勢力に抗して(これが、カセツトテープを介しての手指での押圧力によるものであることは<4>における「移動可能となつており、かつ…押込まれた時に」との記載からも明らかであり、また、右付勢力は、カセツトボツクスの押込みの間働き続けるとみるのが文理上も自然である。)押込まれることによつて行われること(<3>、<4>)、そして、カセツトボツクスが所定の位置まで押込まれた時に始めて前記スイツチが作動して、モータが起動し、モータの回転力が動力伝達機構を介してカセツトボツクスに伝達されること(<1>、<2>、<4>)が明らかであり、また、右「所定の位置」についても、前記1認定の発明の詳細な説明及び図面記載の発明に係る構成の目的及び実施例に関するものではあるが本願明細書の「カセツトテープ42を押込むと、・・・カセツトテープの排出方向に付勢するスプリング9(第1図)は・・・さらに伸ばされる。これにより、第3図のカセツトテープ42の突出距離・lとほぼ同じ距離だけカセツトテープ42を押し込んだ所でスイツチC38(第4図)を動作させるようにしてある。」(八頁一九行ないし九頁一三行)との記載をも参酌すれば、それが、手指による影響によりカセツトテープのカセツトボツクスに対する相対位置がずれるおそれがほぼなくなる位置を意味することも容易に理解し得るところであるから、結局、前記構成は本願明細書の特許請求の範囲の記載によつて、全て明らかにされているものといわざるを得ない。

そうであれば、審決が記載がないとするカセツトボツクスの所定の移動範囲(カセツトテープを介しての手指での押圧によるカセツトボツクスの移動範囲)とモータ起動スイツチが作動する「所定の位置」との位置関係も、本願明細書の特許請求の範囲において、機能的にではあるが明らかにされているというべきであり、したがつて、この点に関する審決の認定判断も誤りというほかない。

4 そして、審決が右の点を唯一の拒絶理由として本願を拒絶すべきとしたものであることは前記一記載のとおり当事者間に争いがないところであるから、審決は違法として取消しを免れない。

三 よつて、原告の本訴請求を認容する。

〔編注1〕本願明細書(昭和六三年五月二〇日付手続補正書によつて補正された明細書)の特許請求の範囲は左のとおりである。

VTRの前面に設けたカセツトテープ挿入口から挿入されたカセツトテープを保持するカセツトボツクスと、このカセツトボツクスの移動を案内するガイド機構と、正逆転可能なモータと、前記カセツトテープの挿入を検出して前記モータを起動するスイツチと、前記モータの回転力を前記カセツトボツクスに伝達する動力伝達機構を備え、この動力伝達機構は、前記カセツトボツクスを前記カセツトテープの排出方向に付勢するスプリングを有し、前記カセツトボツクスは、前記動力伝達機構に対して、前記カセツトテープの挿入時に前記スプリングの付勢に抗して、移動可能となつており、かつ前記カセツトボツクスが所定の位置まで押込まれた時に前記スイツチが作動するよう構成されたことを特徴とするカセツトテープ装着装置(別紙図面参照)。

〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。

図面

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